亀有おもてなしダイニング せんさん - 「シェフせんさん」ものがたり

「シェフせんさん」ものがたり

「調理師学校へ進学します!」

school.jpgそれは、担任の先生との面談での一言であった。

都立の高校に通う先崎青年は、彼の家が祖父の代からみんな電気屋だったこともあり、また、先崎青年自身も電気関係や機械いじりが好きだったので、まわりの友達も先生も、電気系の大学に進学すると思っていたからだ。

 高校ではアマチュア無線部の部長を務め、当時まだ珍しかった外資系の会社でパソコンの検査をするアルバイトまでしていたのだから、周りの驚きは大きかったに違いない。


  「調理師学校へ行きます」  


 先崎青年の心には「調理師を目指す」という思いと、自分の為にも「家を離れて暮らしてみたい」という、二つの思いがあった。

「料理天国」

ryouritengoku.jpg1975年からTBS系列で放送されていたTV番組 「料理天国」。

  タレントの吉村真理らが司会を務めたこの番組は、毎回料理のテーマに沿って、当時はまだ珍しかった料理学校の先生が料理をつくり、料理の解説をしながら試食するというスタイルは、単なる料理番組ではなく、「料理バラエティーショー」というジャンルを確立させた画期的な番組だった。

  当時、くいしんぼうだった先崎青年の心を捉え、将来までをも左右してしまったのは他でもない、「料理天国」というTV番組なのであった。欠かさず番組を見ていた先崎青年は、番組の中で料理学校の先生がつくる料理に見せられ、いつしか調理師学校への進学を決めていたのだった。


大阪調理師学校時代

Photo_0006.jpg高校を卒業した先崎青年は、大阪の辻調理師学校へ進み、料理人への道を歩み始めた。

  調理師学校には、同じように高校を卒業して入学した者もいれば、脱サラして料理の世界へ飛び込んできた人、大学を中退して調理師を目指す若者など、調理師を目指す沢山の若者がいた。

  「料理が好き」.....この気持ちを胸に調理師学校に入った先崎青年は、調理技術のみならず、選択授業ではフランス料理メニューに欠かせない、フランス語の授業までその範囲を広げ、放課後は炭火ステーキハウスでアルバイトをするなど、ひたすら調理師目指して料理の道を突き進んだ。


ホテルオークラ東京へ就職

Okura.jpg調理師学校卒業を控え、就職先に希望したのは「ホテルオークラ」。

  約2,000人の同級生のうち、同じようにホテルへの就職を希望したのは200人。調理師学校の内部選抜にて、ホテルオークラを受験する資格を取ったのは、先崎を含めてわずか20人だった。

  その年の春、先崎は念願叶ってホテルオークラに入社する。
  同じ調理師学校からホテルオークラへ就職出来たのは、先崎ともう一人だけだった。

ホテルオークラ東京調理部

Photo_0003.jpgホテルオークラへ入社後、先崎は、ホテルオークラ東京調理部洋食課に配属された。

  ここには「神様」とも呼ばれたホテルオークラ総料理長 小野正吉氏が居た。小野氏はホテルオークラのフランス料理を確立し、日本のフランス料理の父と言われ、当時、彼の下ではおよそ300人のコックが働いていた。

 先崎はレストラン・オーキッドルームを皮切りに三菱銀行本店特別食堂、テラスレストラン、宴会調理・コールドセクションとキャリアを重ねていった。

そんな調理部での仕事は、緊張の連続、泊まりの勤務やキツイ仕事もあったが、それでも先崎は調理師としての誇りを持って仕事に取り組み、 最初は先輩の手伝いから始まった仕事も、1つ1つのポジションを任されるようになり、ホテルオークラ東京調理部の一員として着実に成長して行くのだった。

「鉄板焼 さざんか」

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  ホテルオークラ東京調理部で先崎はその後、「鉄板焼 さざんか」担当になった。

  IIS(インスティエーショナルインベスター誌)が選ぶホテルで世界2位に選ばれるホテルオークラでも、とりわけ外国人やゲストの人気が高く、来店されるお客様の半数近くが外国人というインターナショナルな「鉄板焼 さざんか」。

  先崎は、その「さざんか」のキッチンを管理するだけではなく、スーシェフに就任し責任ある立場でお客様にこころをこめておもてなしをする経験を積み重ねていった。

  気がつくと、ホテルオークラでの調理師生活も20年が経っていた。


「亀有おもてなしダイニングせんさん」

senshop.jpgホテルオークラでの仕事に不満があったわけではない、ましてやお客様からの「おいしかった!」という笑顔に、調理師としてやって来て良かったと思っている。それでもいつからか自分の中にふつふつと湧き上がる思いが先崎の中にはあった。

  「いつか自分の店を出す」

  日々の仕事に打ち込みながらも先崎の計画は着々と進み、ついに2008年3月、「亀有おもてなしダイニング せんさん」を開業。 

  思えば「料理天国」見て料理人を志してから25年が経っていた。
  調理師として切磋琢磨してきた先崎は、大阪の調理師学校時代にアルバイトした思い出の炭焼ステーキや、ホテルオークラのイベントで3回出演したサントリーホールでのベートーヴェン第9コンサートで立ったステージの雰囲気をモチーフに、オーナーシェフとして、店内を見渡す事が出来るオープンキッチンに立ち、「おもてなし」のマエストロとして、今日もお客様をお迎えしている。

( Written by Ichiro.Ishii )


亀有おもてなしダイニング せんさん

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TEL:03-3604-1003 
(水曜定休)

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